皆様 明けまして おめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。
昨年の正月はまだ大会の経験はなく、住んでいるところも大井町で、まだ息子と一緒に暮らしており、大晦日の夜は近くに住んでいた娘家族と一緒に過ごした。
ことしは市川は江戸川沿いに引越して一人住まいとなり、トライアスロン初シーズンを終え、昨年の正月とはずいぶんと違った趣になっている。一人で迎える元旦である。
大晦日には引越しでとりあえず突っ込んでいた書類棚の整理を行い、資料をひっくりかえし、図らずもこの10年の一端を振り返ってみることになった。
妻に癌がみつかり手術を受けたのが2001年3月6日。私の人生のなかでもっとも劇的な変化に見舞われた一日。以来、次女の結婚と出産、妻の死とその半年後の母の死、生家の横浜の実家を整理、長女はカナダ留学、息子が家を出て、ひとり市川に引越してきた。長女はカナダより帰国したが、ニューヨークへと今度は働きに出かけた。その間に私はトライアスロンを始め、次女に二人目の子供が生まれる。
仕事のほうも、委細ははぶくが、なかなかに激動で、60歳からの仕事へのさまざまな助走があった。
だから少し疲れた思いで、一人きりの元旦を過ごしている。疲れた思いには「ようやく一段落」の安堵感も含まれる。私はかねがね60歳を大きな人生の節目とみており、基本的には60歳以降は「老後」と捉えている。勤め人ではないので、定年はなく、生涯現役がなのだが、現役であるからこそ、60歳以降はそれまでとギアが異なり、そのギアは老いを基調とするものになると考えている。何をするにも、これまでと同じようにはいかないのだ。あるいは同じようにしていてはいけないのだ。年寄りのたしなみというものを身に付けていかなくてはいけないのだ。
だから60歳までに「老後の準備」を整えておきたいとの思いがあり、それはトライアスロンを始めた動機ともなっているのだが、いま、さまざまな激動の末に、どうにかこうにか、還暦以降を元気で過ごす準備がかろうじて整ったような安堵感がある。この安堵感が少しでも長く続いてくれればいいのだが、しかし、人生、先のことはわからない。

だから今年は、気持ちとしては、ゆったりと、一歩一歩、道の真ん中を、遠くをみて歩くようでありたいと思っている。
そう考えると、この時期に足を痛めるというのはいい教訓になっているとも考えられる。おかげで歩くことに意識的になり、一歩一歩を足元を確かめるようにして歩を進めている。実は歩くリズムは生きるリズムと連動しているというのが私の考え方。歩くリズムをしっかりとつくって「老後」を歩いていきたい。意識が行動をつくるというよりも、行動が意識を形成していく。だからトライアスロン・ラフスタイルというのも、単にトライアスロンを暮らしのなかに取り入れることを意味しない。トライアスロンに向かう行動そのものが、仕事も含めた日々の意識を形成していくことなのだ。
元旦ということで、生真面目な内容となってしまった。

元旦に 今年を望む 目覚めかな
元旦の 朝日を浴びて 初散歩

とはいうものの、足が痛まなければ走りに行くのにと思うと、ああ、悔しい。
今年も元気でやっていこう。

写真は4階の我が家のドアを開けた通路からの眺め。江戸川の向こうにスカイツリーが。
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