昨日は65歳の誕生日。年齢とトライアスロンについて。

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 昨日は65歳の誕生日で多くの方々よりFBなどでお祝いのメッセージをいただきました。特にトライアスロン仲間からのメッセージが多く、もしトライアスロンを始めていなかったらこうしたことはなかったことを目のあたりにし、トライアスロンを始めてここまで続けてきた重さを実感、改めて人生のおもしろさ、不可思議さに思いをはせました。心より感謝します。
 今回のブログはちょっと長くなります。誕生日の特別バージョンです。
 テーマは65歳という年齢について。そして年齢とトライアスロンについて。
 なお、身体はようやく回復してきました。今朝は抜けた気分です。お気遣いありがとうございます。

 昨日は11時、13時と仕事のうちあわせ。そのあとの時間がオープンになったので、国立博物館の兵馬俑展へ。兵馬俑の大きさを実感することが目的であった。身長は180ぐらいか。体躯に厚みがあって、顔が大きい。いかにも格闘技が強そうで古代の男に触れた手ごたえがあった。しかし昔の中国人はこれほどに大きかったのか。
 以前アトランタの博物館で南北戦争当時の民家展示を見て、ベッドの小ささに驚いたことがあった。昔の人は小さかったんだ。これは自然な驚きである。しかし昔の人はこれほどに大きく逞しかったというのは予想外の驚きだった。兵馬俑というと永遠の生命を願った始皇帝がクローズアップされる。一方私はこの時代の普通の人間に関心をもったのだが、兵馬俑の兵士たちはとても普通ではなかった。まさに威丈夫で兵士の緊張をはらんでいた。
 そのあとは急いで映画「ブリッジオブスパイ」へ。映画への感想は「まあまあ、よくできた映画」なのだが、鍵となるセリフは「You are standing man=字幕は不撓不屈」。そしてこのセリフを口にするのがスパイであるが、スパイを「誇り高き兵士」として描いたところもこの映画のポイントだ。あるいは主人公の弁護士も「自らが望んだわけではまったくない、ふりかかった理不尽な問題に誠意をもって取り組む兵士」である。
 ということで、昨日は図らずも「誕生日に人間や人生を考える」ことになった。
 キーワードは「兵士」。人生を戦う「誇り高き戦士」。
 さらに、昨夜の夢には亡き妻が登場した。亡くなって10年たち、夢に出ることはめったにないが、さすがに誕生日(笑)。細かくは覚えていないが、いろんな場面が登場して、どの場面も、例えばドアが開かないなどといった、ささいな、しかも前に進めないトラブルが発生して延々と言い争いをしている。「なんとかしてよ」と言われてお手上げな私はまったくの戦士失格なんだなあ。
 いやいや妻と仲が悪くて、よく言い争いをしていたわけではない。ただし妻は私を兵士と見ていたのは確かだ。彼女のボディガードかな。よって言い争いも険悪なものではなく、二人の間ではしごく自然な、二人の間にだけ成立する親密な会話なのだ。

 話は変わって、私は年齢については「年相応」を大切に考えている。15歳は15歳らしく、15歳だからできることをやっておく。背伸びはしない。それは健全な発育を妨げる。20歳は20歳。もちろん50歳は50歳。年齢をおおげざに意識することはなく、自然と年相応なことをして生きていくことが大事と思っている。
 それでで65歳になった。こうした考えなので、アンチエイジングという発想はない。誰も抵抗することができないのが老化だ。トライアスロンを通して「老化防止」ではなく、トライアスロンを通して「老化実感」の意識、身体全体の老化を全身を使って確かめる感覚なのだ。
 そんな考えなので、普段は年齢をあまり意識しないで生きている。年齢については自然な感覚で接している。しばしば自分の年齢を間違え、あるいは忘れてしまうほどだ。
 でも65歳となると、思わず意識する。この年齢になれば定年となる。厚生年金と介護保険の手続き案内資料が届く。必要事項を書いて返送する。「おお、いよいよ高齢者か」の実感がある。さて、どうするか。
 
 そのうえで、年齢・人生とトライアスロンを考えてみる。
 「老兵は死なず、消え去るのみ」とはマッカーサーの有名な言葉。
 ただし人生では「消え去ること」はできない。
 私は、老いたりとはいえ、恥ずかしながら、初々しく好奇心に満ち、緊張と同時に戸惑いを心に抱いた、なかなかドアを開けられない「Young Soldier」でありたいと思っている。
 「人生とは苦闘である」はカールマルクスの言葉だが、人生は挑戦の場であり、それゆえに苦闘の場であるというのは共感する。なお、人生は挑戦であり、それは美しいとはまったく思えない。あくまで「苦闘」なのだ。ここは大切なところ。
 よって65歳ならではの私の年相応の自然な心がまえは「Young Soldier」。
 死ぬまで「Young Soldier」。
 よし、その線でいってみよう。

2月16日誕生日 65歳の ヤングソルジャー

 最後は年齢とトライアスロン。
 私自身のささやかな体験からいえば、58歳からでも、なんの経験もなく始められ、「生涯スポーツ」として、とてもいいスポーツということ。自分がこの年齢であることを確かめ、かみしめるスポーツである。
 私がトライアスロンで面白いと思うのことに一つが「やっているとこんなことがあるのだ」ということ。レースで「きついなあ」と思いながら、やっているとラクになる。スイムで「泳ぎきれるのか」と不安にかられても「現在、現在」と呪文のごとくつぶやけば、自然と「できる、できる」となっている。足の痙攣を意識しつつも走れている。練習で「今日は走れない」と思っても、身体が温まって調子がでてくることがある。もちろんその逆もある。
 「やっているとこんなことがある。だから始めてみて、続けてみなくてはわからない」ことが面白い。さて、今シーズンはどうなるのか。
 若人よ。年をとっても賢くなるわけではない。いくつになっても、明日のことは「やってみなくてはわからない」のだ。私はそんなふうにトライアスロンと格闘している。
 「Young Soldier」としてトライアスロンを始めて続けていたら、こんなにも多くの仲間ができた。始めたときは考えもしなかった。いくつになっても明日は暗闇である。だから希望でもある。「Young Soldier」は怯えつつ、緊張し、でも続けてきた過去を糧として、明日へのドアを開けるために苦闘する。

 どうも最後は説教臭くなってしまった。これも年相応なのかもしれない。
 なお、「Young Soldier」という言葉は石田礼助から知った。
 今回は時間もかかった。さあ、仕事、仕事!!

 写真は兵馬俑展での兵士たち。おお、友よ!!

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