桜を眺めて「トライアスロンで自然と戯れる」楽しさを思う。

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 この週末、桜は満開だというのに、ひどく寒い。寒いなか、土曜のラントレでは30分のジョグ+180メートル坂道での「流し」を3本。久しぶりのランであったが、気持ちよく走れた
 何が気持ちよかったのかといえば、もちろん身体を動かす快感が基本なのだが、走った公園の緑が気持ちよかった。青葉茂れる5月はまだ先で、今日は曇り空であったが、目に映る緑が心地よかった。
 生まれ育ったのは横浜の下町で、働くようになってからはずっと東京。アウトドアのレジャーにも興味なく、自然との縁は遠いままに生きてきた。それがここにきて、しきりと自然の魅力を感じるようになっている。
 自然といってもいろいろあるが、まずは緑。木々、芝生の緑を見ると、ただただ「いいなあ」と感じる。その心持を言葉にすると、確かに「癒される」ということなのだが、見ているときはそんな言葉も思い浮かばず、緑の向こうに空を眺め、息を吸い込んで、心晴れやかとなる。自然と笑顔がこぼれるような感情となる。そして笑顔のままに走り出す。
 まあ、自然に目覚めたわけだ。あるいは自然を味わう快感に目覚めたわけだ。
 そこで、週末の土曜日はトライアスロンのトレーニングなので、日曜は緑を見に近くの公園にでかけてみたいと思っている。そんな衝動を心に温めていると、何らかのきっかけて、いつかは行動を起こすようになるものだ。多分今年の夏までには、電車に30分ほど乗って、緑豊かな公園に行くようになっていると予感している。

 自然の魅力とは目に映る色であったり、肌を差す光であったり、頬をなでる風であったり、私の生理に直接働きかける刺激であるのだが、そのうえに「常に移りゆく」ことをその魅力に加えておきたい。それはただベンチに座っているだけでも味わうことができるし、今日のようにこちらが動けば、また味わいは自在に変わっていく。
 「トライアスロンは自然を楽しむスポーツ」とはよく言われるところであるが、ただ泳ぎ、バイクに乗り、走ることで「自然を楽しむ」というのは、ちょっと言葉が足りないように思う。まず、3種目を通して「自然に挑戦していく」気分となる。積極的に自然とかかわることで、自然への意識や関心が自然と高まり、自然に自然を身近に感じるようになり、そして、このように、自然の魅力に目覚めるようになる。

 日々の暮らしというのは、不愉快なことも多い。仕事となればストレスは避けられない。私は仕事好きな人間と思うが、それでもそう思う。
 しかし、自然の魅力に包まれているときに「不愉快」はない。トライアスロンをしているときは、さらにその状態に一所懸命となり、「不愉快」など考えている暇もない。
 そこでいきなりだが、生きている実感、生きる楽しみというのは、そうした時を感じることなのだと思う。いまの世の中、何かを成し遂げたり、人のためになったりするための情報があふれているが、そんなことはどうなるのかもわからないことで、それよりも煩雑な日々のなかて「自然の移ろい」を感じる時をもつことが大切と思う。それは誰もができることであり、人間が人間であることをかみしめる、じつに豊かな時なのだと思う。
 トライアスロンは自然と戯れるものなのだろう。 

黄昏に うつりゆく空 桜道

 「トライアスロンで自然と戯れる」ことを大切にし、そうした時間を計画的に作り出すことによって、心の安寧を保っていきたい。
 今日は新年号「令和」の発表があった。報道がおおむね好意的に伝えているようで気持ちよい。。
 写真は昨日の夕方に歩いた深川の桜道。人も少なくいい黄昏の時を過ごした。

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