シーズンオフの私のささやかな楽しみは「見直し」。

マイケルフェルプス.jpg

 シーズンオフの日々を送っている。
 シーズンオフはシーズンオフとしての楽しみがある。
 左足の痛みがだいぶやわらいできた。焦らず無理して走らずに回復をまつ。
 日一日と回復していく感覚を確かめるのはうれしいものだ。
 常日頃気になっているところを見直してみる。
 これも楽しみだ。
 今日はこのささやかな楽しみついて考えてみる。
 
 トライアスロンを始めたのがこのブログのタイトルにあるように58歳。来年には70歳になる。始めてから10年もたつのに、できないことを数えあげればきりもないのだが、今年はようやくスイムとランの入口に立ったような気がしている。泳ぐこと、走ることが、自分なりにようやくわかってきた気がしている。
正しいフォームとはどのようなものか、どのように身体を使えばそのフォームを維持できるのか、フォームを身につけるための練習方法は、といったものを考えられるようになった気がしている。
 たとえばスイムでは姿勢が重要。ランは腰を落とさないこと。これはイロハのイの字なのだが、そのことが身をもって納得できるようになってきた気がしている。なるほどそのとおりなのだということを身体で確かめる。
 
 プールに入ったらまずけのびをして身体の浮き具合、バランスの感覚を確かめ、その姿勢で胸を張りスカーリング、ゆっくりとキックをうってその姿勢を維持する感覚をつかんでいく。身体をこのように動かすとこんな反応がでるのか、ということに驚き、楽しむ。

 テレビやインターネット動画を見ても、以前よりはるかに、我が事として、実感をもって受け止められるようになった。
 たまたまマイケル・フェルプスのクロール動画を見た。以前であれば、漠然と見ていたと思うのだが、肘の使い方に目がいき「なるほど」と一人納得をした。「肘を立てるとはこういうことなのか」と思った。特に前からのカメラがとらえた映像では肘がまっすぐに立っており、肘から先の脱力までも見て取れる。
 私なりの勝手理解であるのだが、肘をしっかりとまっすぐにあげることで、胸が張れ、クローリングが生まれ、身体が前のめりになり、入水がスムースになり、水中で肘を立てて水を押すまでの一連の流れが生まれる。だから「なるほどなあ」なのだ。
 肘の使い方はこれまでも指導を受けていたのだが、あげる肘が起点で全身が動いていくのだ。これまでは、前に押し出す手が起点だと、それも漠然と思っていた。
 
 おそらくできる人は考えずにできるのだろう。しかしこちらはそうはいかない。しかしこうして考え考えながら身体と対話することは楽しい。こんな楽しみに出会えるとは思ってもいなかった。
 年寄りには年寄りならではの、能力のないものにもそれなりの、スポーツの楽しみというものがあるのだ。
 
 ランについても同じようである。起点は肘ということで納得している。ポイントは腰なのだが、まず肘を起点にして振ることで腰が動き、膝をあげて前に進む力がうまれる。なほどどなあ、と感じながら走ってみる。

 ところが、バイクについてはまったくわからないのだ。バイクの姿勢とはどのようなもので、身体はどう動かすのかわかっていない。基本はクルクルクルクルとペダルを回すこと。わかっているのはこれだけで、どうしたら効率よく回せるのかがわかっていない。
 これを何とかしたいと思っている。

秋空に 流れる雲を 眺め走る

 毎朝の40分の散歩が日課となってきた。風を感じて思わず走り出したくなり、20メートルほど走ってみる。
 コロナの第三波でまた「ああしろこうしろ」と騒がしい。
 マスコミは騒ぐのが仕事であるにしろゲスだなあ。
 私は私ができることをするだけで、できるだけ普通に日々を過ごすことを大切に考えている。
 写真はネットでみつけたマイケルフェルプスのクロールにおける肘。しっかりと立っている。

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