66歳誕生日。あと5年70歳までは「変身」をテーマに「自己教育」を楽しむ。

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2月16日に66歳の誕生日を迎えた。故郷横浜でのさささやかな誕生会で高校時代の思い出話しをしたのだが、それが50年前のことに気づき、ちょっと驚いた。
 「50年といえば半世紀だぞ!!」
 当り前じゃないか。そのうえで
 「あと5年、70歳まではしっかりと生きていきたいなあ。そのあとはその時に考えるさ」
 というのが、私の66歳誕生日の感想となった。いまの仕事の状況と健康状態からすれば、あと5年は元気で働き、トライアスロンを楽しむことはできるだろう。この歳だから、いきなりガンの宣告をうけることもあろうが、あと5年というのは、ある程度のリアリティをもって眺めることができる。
 ただしこの話のポイントは「5年以上先はわからない」というところにある。仕事はどうなっているか。病気で入院していないか。心配事をあげればきりもないが、「先のことなどわからない」。66歳にもなって、こんなイロハのイの字を改めて実感するというのも情けないが「そのことを静かに受け入れよう」という話しとなった。

 ではこの5年間はどうなのか。どんな毎日をどんな心構えで過ごすのか。「しっかりと生きる」というのは具体的にどんなことなのか。
 そんなことに思いを巡らせている折、たまたまNHKBSの「人生100歳時代」というパネルディスカッション番組を観てなるほどと思った。
 100歳時代になれば、人は人生のなかで何回も「教育」を受けることになるという。これまで教育は主に5歳から22歳の間に集中的に行われ、60歳までは労働、それ以降は引退と考えられてきた。しかし100歳時代では、人は22歳以降、社会動向や周辺の変化に応じ、何回も「教育」と「労働」を繰り返すことになる。「教育」の内容も「労働」のありかたも、ということは何でお金を稼ぐのかも「変化していく」ことになるというわけだ。100歳を生きるための重要な能力として「変身」があげられていた。
 この「教育」は主に学校ではなく、インターネットによる「自己教育」として行われる。だから、この「自己教育」と「変身」は楽しいものでなくては続きはしないし身にならない。次の「労働」によりお金を稼ぐために楽しく「変身」への「自己教育」に挑むわけだ。
 この年齢で恒産を築き、憂いなく引退生活をおくる方もいるだろう。しかし60歳以降いかに長い間収入を得るか。これは好むと好まざるとにかかわらず「人生100歳時代の冷厳な現実」なのだ。私もまだまだ働いて稼がないとならない。
 となると、今後の5年は70歳以降の「労働」を支える「変身」への「自己教育」の期間となるわけだ。
 ここまで考えてきてちょっと心が落ち着いた。。
 「先のことが分からない」を受け入れても、今日何をすべきかがわからない状態では落ち着かない。暮しの軸が欲しい。毎朝「よしっ」といって朝日を浴びる気分が欲しい。
 ということで、この5年間は「変身」への「自己教育」を心構えとしよう。それで70歳となって「どうするか」を考えることにしよう。
 同じ仕事を続けても新たなスキル獲得を目指す。意図して若い人を仕事に巻き込む。チームでの自分の立ち位置を変えてみる。そして身体づくり。思いつくのはそうしたことだ。それらはすべて楽しみでなくてはいけない。
 100歳まで生きるとも考えてはいないが、70歳にどうなっているのか、楽しみとなった。けっこうじゃないか。楽しく生きるにはいろんな工夫がいるのだ。

 さて、ようやくここで、話はトライアスロンとなる。トライアスロンによる「変身」への「自己教育」とは何か。身体づくり(柔軟性・筋力・姿勢)、健康と体力維持、トライアスリート仲間、自己管理による暮らしの楽しみなど、かけがいのない財産としてあげられる。

春いちばんに あおられ祝った 誕生日

 土曜日の練習はインターバルトレーニングで、スイムで50メートル1分15秒3本を3セット回すことができた。ランでは500メートルを2分15秒~30秒で6本走ることができた。最後尾の低レベルでお恥ずかしいが、スイムもランも更に15秒短縮したい。勝手ながら、まだ伸びしろはあると思っているのだが、さてどうなるか。これも70歳までの楽しみにしておこう。ここらあたりが「自己管理による楽しみ」だ。

 お誕生日のメッセージをお寄せいただいた皆さん。感謝です。皆さんのメッセージはまさに生きる力になります。
 写真は小宴を催した横浜のレストラン「ホフブロウ」。
 「最初に来たのは高校生だったな」
 「ハンドボールの試合の帰りに来てピザを食べた」
 「生まれて初めてピザを食べたのがここだった」
 「それからもう50年もたつのか」
 という次第。
 なお高校時代の「ホフブロウ」は海岸通りにありました。

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